チームオーダーを出すということ

 2014F1ハンガリーGPは、様々なドラマが産まれた名レースでしたが、その中で、終盤の注目ポイントの一つであった、「メルセデスGPによるルイス・ハミルトンへのチームオーダー」から、F1史におけるチームオーダーについてのあれこれを書き連ねてみたいと思います。

チームオーダーにハミルトン「ショック」、ラウダはハミルトンを支持
http://www.topnews.jp/2014/07/28/news/f1/111086.html


ハミルトン「自分はレースをするために雇われている。チームオーダーを聞くためじゃない」
http://www.topnews.jp/2014/07/29/news/f1/drivers/lewis-hamilton/111118.html



ハミルトンがチームオーダーに従わなかったためにメルセデスAMGは優勝をライバルチームに明け渡してしまったのかもしれない。
ハミルトンも、チームオーダーには「正しい理由」があったのだろうと認めている。
しかし、チャンピオン争いをリードするロズベルグを追う立場のハミルトンは、ロズベルグを抑えたことでポイント差を縮めることができた。

「彼と同じレースをやっていたんだ」とハミルトン。「だから、チームがああいうことを僕に求めるなんて、ものすごくショックだった。彼が順位を上げられるようにしろだなんて」

「あれはちょっと変だよ」


 さて、一口にモータースポーツと言っても様々で、四輪、二輪などのあからさまな違いの他にも、フォーミュラマシンかGTマシンかの違いや、1レースにつき1チームが何台のマシンを走らせるかとか、かなり多様に細分化されます。
 その中でも、1チームが複数台のマシンを走らせるカテゴリにおいて問題となってくるのが、冒頭に挙げた記事にもありますチームオーダーの存在。特にF1においては昔からこのチームオーダーが物議を醸しておりまして、悲喜こもごものドラマがここから生まれています。




 まずチームオーダーとは何か。これは実際にマシンを走らせているドライバーに対し、チーム側から「ああしろこうしろ」と指示が発せられる中で、特に「後ろから来ている同チームのドライバーに順位を譲れ」というものを指してそう呼びます。

 なぜそういう指示が出されるのか? 例えば同じチームのAさんが前を走っているけど、後ろから来ているBさんの方がペースが速い場合、Aさんがいつまでも前にいてBさんをブロックしていると、Bさんは本来のペースより遅く走らなくてはならなくなる。レースでは他チームのマシンも当然走っているので、できうる限りチームのドライバーには速く走ってもらいたいので、Bさんを前に出して本来のペースで走ってもらったほうが、チームとしては都合がいいわけです。その方が、勝てる可能性が上がりますから。
 あるいは、もはやレースが最終盤で、AさんBさんのどっちが前にいても、そのレースにおいてはもう他チームを気にするような局面ではない(チームオーダーを出す必要がない)場合でも、シーズン通してBさんの方が獲得ポイントが多い場合、Bさんにより多くポイントを獲ってもらって確実にチャンピオンにならせたいがために、Aさんを後ろに下がらせる場合もあります。これは、F1がシーズン通してのポイント争いであることから生まれます

 実際のケースではもう少し複雑な場合もあるのですが、大雑把には以上の2つの理由によりチームオーダーが出されます。

 さて、チーム全体にとっては利益になるからと出されるチームオーダーですが、出されたドライバーにとっては屈辱以外の何ものでもありません。だって実際にマシンを動かして戦っているのは自分なのだし、なぜわざわざ勝ちを譲らなければならないのか? そう考えるのが自然。たとえば獲得ポイントが「コンストラクターズポイント(チーム獲得ポイント)」だけであれば、まぁチームプレイのために譲ってもいいかな、とも思えるでしょう。けれど、実際には「ドライバーズポイント」というドライバー個々のポイントもあり、F1レーサーの実績はこのドライバーズポイントによるランキングが決定づけるわけですから、ドライバーにとってはチームオーダーなんて出してもらいたくないのです。

 ドライバーそれぞれの勝利か? それともチーム全体の利益か? この価値観のどちらを支持するかが、すなわちチームオーダーを是とするか否とするかの分岐点。そして、F1観戦においてどこを重視しているのかの、ひとつの指標であるとも言えます。個人競技であると同時に団体競技でもある。F1、ひいてはモータースポーツの悩ましいところです。

 どちらが正しいか、というのは議論の尽きないところかとは思いますが、近年の若いファン、特に日本の(ネット上における)ファンの間ではチームオーダーを肯定する向きが多いようですね(なんとなくです。統計をとったわけではありません)。それはそれで間違いではありません。集団の利益を最大限に考えるならば自然とそうなりますし、コンストラクターズランキングはF1の重要な要素。ドライバーではなく、チームのファンというのも一般的なあり方です。フェラーリを熱愛するティフォシなどはつとに有名です。

 逆に、昔からのF1ファンであれば、チームオーダーについての苦々しい思い出というのが多々あると思われます。それこそ、枚挙にいとまがないほどに。
 とりわけ近年物議をかもしたのは、2002年オーストリアGP、A1リンクの最終コーナーで履行された"あの"チームオーダーでしょう。まだ12年しか経ってませんし、中年のファンの中にはまざまざと覚えている人も多いと思います。トップを快走していたルーベンス・バリチェロが、彼曰く「脅迫」のようなチームオーダーに屈し、2位を走っていたミハエル・シューマッハーに勝利を譲るべく、最終コーナーでスロットルを緩めたあの事件。F1のスポーツマンシップを根底から揺るがした、とまで言われたこの事件により、FIAはこの年から2010年まで「チームオーダーの禁止」を明言することになります。
 なお、このチームオーダー禁止令が有名無実であることを証明し、ついに撤廃させたのもまたフェラーリでした。時は2010年ドイツGP。ホッケンハイムリンクでフェリペ・マッサに対してチームから出された、かの有名なセリフ「Fernando is faster than you.」――フェルナンド(・アロンソ)は君より速い。マッサのF1人生を考えるとき、涙なしには語れないこの出来事。結局「誰も守らない規則に何の意味があるのか」ということで、チームオーダー禁止令はこの年で廃止になります。

 さて、速い人やチャンピオンがかかっている人を前に行かせるのではなく、遅い上にチャンピオンがかかっているわけでもない人をわざわざ前に行かせたという、そんな奇妙な話もF1の歴史にはあります。それが1991年の日本GP。シーズン首位を争うナイジェル・マンセルのリタイアにより、アイルトン・セナが3度目のドライバーズチャンピオンを、マクラーレン・ホンダが4年連続のコンストラクターズ制覇を決めたあのGP。事件はここでもまた最終コーナーで起こった。実はこの時、マクラーレン・ホンダ内部ではある取り決めがされていました。それは「マクラーレン・ホンダの2名のドライバー、アイルトン・セナとゲルハルト・ベルガーのうち、オープニングラップの第一コーナーで前にいた方を勝たせる」という契約。そして、第一コーナーを制したのは、ベルガーでした。しかし、セナはマンセルのリタイア後、トップを走るベルガーを猛追し、なんとベルガーを抜いてトップに立ちます。……が、ファイナルラップでセナは大幅にペースダウンし、ついに最終コーナーを抜けたチェッカー直前、ベルガーを前に出して勝ちを譲ったのです。すでにチャンピオンが決定した"勝者"ならではの余裕と言えるでしょうか。
 この時、セナを神格化していた日本のメディアはこぞって「セナがベルガーに贈った感謝の勝利」「友情のチェッカー」などと持て囃しましたが、海外のメディア、あるいは日本でも個人の名前を出して活動しているモータージャーナリスト、そもそもベルガー本人でさえもセナの行為には怒り心頭であり、唾棄すべき出来事として記憶されています。まぁ当然ですよね。普通は怒る。
 私自身もセナファンですが、これについてはセナの人生の汚点であると断言してよいです。彼はこんなことをするべきではなかった。そして、これを美化している日本のメディアはマスゴミと呼ばれても仕方ないと、そう思っています。

 チームオーダーに歴史あり。様々なドラマがそこで生まれていますが、ひとつ確実なのは、誰もが幸せになったチームオーダーはあまりにも少ない、ということ(ないわけではないのが困りモノです)。一部の例外を除けば、たいてい誰か、あるいは全員が不幸になる。それでもまだオーダーは出されるのだから因果なものです。
 しかし忘れてはならないのは、最前線で命をかけているのは、いつだってドライバーだということ。94年サンマリノGPを最後に、レース中のドライバーの死亡事故は起こっていないとはいえ、常に死と隣り合わせのスポーツであることは今でも同じです。彼らは命と魂、すなわち誇りをかけてマシンを走らせている。そのドライバーたちに勝ちを譲れとか譲られろとか、そんなオーダーを出すのは侮辱にほかならない。そう私は思います。

 もちろん、彼らが走るためのマシンを用意し、体制を整えているのはチームですから、チームの利益だって最大限重視されるべきでしょう。しかし、どんなことでもモノには限度がある。
 すべて撤廃するのが難しいなら、せめてトップを争うドライバーに出すのだけはやめてほしい。10位争い(ポイント圏内争い)なら、下手するとドライバー2人とも0ポイントの危険性もあるから、まぁギリギリ出しても仕方ないかな……とも思いますが、表彰台を争うドライバーに出すのだけは、本当に頼むからやめて欲しいのです。ドライバーにとって表彰台、あるいは優勝がどれだけ特別なことであるのか。1レースにつきたった3つのポジションを争うために、どれだけ魂を削ってレースしていることか。それを思うとき、とても彼らにチームオーダーを出すことを是とはできない。少なくとも、私はこれからもずっと、チームオーダーを非難し続けることでしょう。

2013F1日本GPのルイス・ハミルトン
PENTAX K-r + PENTAX smc DA 55-300mm F4-5.8ED

 最後に一つ、1956年イタリアGPの出来事を書いておきます。シーズンのチャンピオンを争っていたフェラーリのファン・マヌエル・ファンジオは、最終戦モンツァにおいて5位以内に入ればチャンピオン決定という状況にありました。しかし、運命の悪戯というべきか、ファンジオのマシンは15周目においてステアリングアームの故障というマシントラブルにより、走行不能となってしまいます。今ならそのままリタイアですが、このときフェラーリは、チームのもう2人のドライバーであるルイジ・ムッソとピーター・コリンズに「マシンを譲れ」という、恐るべきチームオーダーを出します。しかも、コリンズはファンジオがリタイアとなれば、シーズンチャンピオンの可能性があったにも関わらずです。ムッソはこれを無視したのですが、なんとコリンズの方はこれを承諾します。今では考えられないことですが、ファンジオはレース途中でチームメイトのマシンと乗り換えて、残りの周回を戦ったのです。結果、ファンジオは2位を獲得し、シーズンチャンピオンを達成します。
 ファンジオはコリンズに大変感謝し、またコリンズも「自分はまだ若いし、これからタイトルを獲れるチャンスがあるから」と謙遜します。当時はチームのエースを盛り立てて勝たせるというのが一般的であり、このチームオーダーも非難の対象にはなっていませんでした。そしていまでも、この話はF1史に残る美談として引き合いに出されます。

 ……さて、「なんだ、チームオーダーもいいことがあるじゃないか」と思いましたか? そう思った方、コリンズがその2年後に、ニュルブルクリンクのコーナーで帰らぬ人となったと知っても、なお同じ感想を抱けるでしょうか。夢であったF1のタイトルを、ついに一度も手に入れることなく、この世を去ったのだとしても。

 今日と同じ明日はもう来ない。明後日も命があるかなんてわからない。音速を争うレーサーであればなおさら。
 チームオーダーを出し、勝てる戦いを捨てさせるということがどういうことなのか、関係者もファンも、もう一度、胸に問いなおす必要があるように思います。

2014年7月29日

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