都市の光の影
どこの都市でもそうだと思いますが、大通りに面した景色というのは存外につまらないもので、東京だろうと名古屋だろうと見た感じはそう変わらない。せいぜい道幅が広いとか狭いとか、ビルの高さが高いとか低いとか、その程度の違いでしかない。たぶん都市計画の際にとんがったものを排除するからでしょう。
ところが、ひとつ裏路地に入って行くと、とたんに面白くなってくる場合がある。表通りにはない、なにやら異質な空気が漂い始める場所。生々しい、人間の生活の匂い。整然とした表通りの街並みにはない、猥雑な魅力。こういった所にこそ、都市というものの素の顔がある気がして好きなのです。
しかし、都市の開発が進んでいくと、そんな裏路地すら追いやられてしまうことがあります。
例えば銀座。私が東京に住んでいた15年ほど前、アルバイトをしていた銀座の書店に通うために山手線有楽町駅を利用していたのですが、あの頃の有楽町駅近辺は、猥雑を絵に描いたような怪しい雰囲気漂う所でした。
高架に並んで建てられた汚いビルと、テナントに入っている小さなゲーセンや立ち食いそば屋、またその付近にある格安の定食屋とか天津甘栗の屋台とか、そういう様々なものが好き放題に並んだあの場所。
私がよく利用したのは立ち食いそば屋で、大方のその手の店にありがちな清潔とは言いがたい設備ではあったものの、300円か400円くらいで提供されていた穴子丼が物凄く大盛りで、当時劇団員でお金がなく、腹ペコだった私の胃袋をよく満たしてくれたのです。あるいは、三角巾のおばちゃんがいた格安定食屋は、たしか300円も出せば、焼き魚に目玉焼きのついた朝の定食が食べられたので、こちらも頻繁に訪れた覚えがあります。また、ビルの2Fにあったゲーセンに入ると、脱衣麻雀の筐体が何台も置いてあって、数少ない虎の子の100円玉を何度も献上したものです。
あるいは駅前でなくとも、有楽町駅から銀座四丁目の大通りに行くまでの朝の道は、人っ子一人通らない閑散とした空気の中、カラスがゴミ袋を食い破って散らかしていたり、ゆうべの酔客の吐き戻したあとが掃除もされずに残っているような有様。そうかと思えば、洒落たスーツを着た営業マンのような人がコンビニで買食いしていたり、ホームレスらしきお爺さんが空き缶をいっぱいぶら下げた自転車を引いていたりとか、まぁ銀座という単語から連想されるようなハイソな雰囲気とは無縁の、あの街の裏の顔がかいま見えたものです。
しかし、現在のあの場所は、少なくともGoogleストリートビューで見る限り、ずいぶん様変わりしているようです。有楽町駅前第1地区第一種市街地再開発事業により駅前は整えられ、あの汚いビルの代わりに、有楽町イトシアというビルが新しく建っています。昔お世話になった立ち食いそば屋もゲーセンも、元あった場所にその影は見えない。
良くいえば銀座らしい綺麗な風景。しかし、それは尖ったところのない、よそよそしくて無個性な、そんな風景。地元の意向が優先されるべきとはいえ、怪しげな妖気が一掃されてしまった、風通しの良い場所になっているのは、やはりどこか寂しいもの。愛知に戻ってきた私が文句をいうのもおかしな話ですが、自分にとっては、15年前に見ていたあの汚い風景のほうが、より生々しい「銀座」だった気がします。
あの場所のみならず、きっと日本のいたるところで、裏路地の猥雑は消えていっているのでしょう。今風に、風通しよく、きっとバリアフリーで、清潔で、行儀よく、でもどこか無個性な、そんな街並みに変わっていく。有楽町駅近辺も、ガード下はまだあの頃の面影を色濃く残しているものの、近い将来、それらもまた、都会の光に追いやられてしまうのかもしれません。
そう思うと、今まだ残っている怪しい裏路地は、なかなかに貴重なものに思えます。
さて、写真は名古屋市の円頓寺商店街の裏路地にある、ロックバー・テラゾの入り口。この怪しげな雰囲気がたまらない。
ウブな女の子は絶対入っちゃいけなさそうな、危険な香り全開のお店。まず間違いなく一見さんは来ない。そもそもどんな客が来るのか想像もつかない。だいたい営業してるのかどうかすらわからない。営業時間はどこにも書いてないし、おまけに看板すら出ていない。廃墟と言われても納得できる。
裏路地というのはこうでなければいけないという、まさにお手本のような場所。こういうところにこそ、都会の光に追いやられた妖怪が息を潜めているような、そんな気がしてきます。
また、写っている黄色と緑のドラム缶を左に入って行くと「円頓寺銀座街」なる、とても短い(数店舗しかない)飲食店街があるのも気が利いている。
商店街に隣接した怪しい風景。銀座はやはりそうであるべきです。
ちなみに円頓寺銀座街にある「やはぎ」という割烹に入ったことがありますが、ここの料理はとても美味しい。昼は一律500円で日替わり定食のみ、夜は一律5000円でおまかせコースのみという、大変わかり易いというかシンプルすぎるシステムですが、ボリュームたっぷりの上、味は折り紙つき。しかも夜は店内のお酒飲み放題。
観光ガイドにはおそらく絶対に載っていないたぐいのお店ですが、こういう店こそ地域に愛されるお店。そんな料理屋が商店街の表ではなく裏通りにあるという事実が、名古屋がまだその魅力を失っていないということの、ひとつの証左かもしれませんね。
2014年6月1日
ところが、ひとつ裏路地に入って行くと、とたんに面白くなってくる場合がある。表通りにはない、なにやら異質な空気が漂い始める場所。生々しい、人間の生活の匂い。整然とした表通りの街並みにはない、猥雑な魅力。こういった所にこそ、都市というものの素の顔がある気がして好きなのです。
しかし、都市の開発が進んでいくと、そんな裏路地すら追いやられてしまうことがあります。
例えば銀座。私が東京に住んでいた15年ほど前、アルバイトをしていた銀座の書店に通うために山手線有楽町駅を利用していたのですが、あの頃の有楽町駅近辺は、猥雑を絵に描いたような怪しい雰囲気漂う所でした。
高架に並んで建てられた汚いビルと、テナントに入っている小さなゲーセンや立ち食いそば屋、またその付近にある格安の定食屋とか天津甘栗の屋台とか、そういう様々なものが好き放題に並んだあの場所。
私がよく利用したのは立ち食いそば屋で、大方のその手の店にありがちな清潔とは言いがたい設備ではあったものの、300円か400円くらいで提供されていた穴子丼が物凄く大盛りで、当時劇団員でお金がなく、腹ペコだった私の胃袋をよく満たしてくれたのです。あるいは、三角巾のおばちゃんがいた格安定食屋は、たしか300円も出せば、焼き魚に目玉焼きのついた朝の定食が食べられたので、こちらも頻繁に訪れた覚えがあります。また、ビルの2Fにあったゲーセンに入ると、脱衣麻雀の筐体が何台も置いてあって、数少ない虎の子の100円玉を何度も献上したものです。
あるいは駅前でなくとも、有楽町駅から銀座四丁目の大通りに行くまでの朝の道は、人っ子一人通らない閑散とした空気の中、カラスがゴミ袋を食い破って散らかしていたり、ゆうべの酔客の吐き戻したあとが掃除もされずに残っているような有様。そうかと思えば、洒落たスーツを着た営業マンのような人がコンビニで買食いしていたり、ホームレスらしきお爺さんが空き缶をいっぱいぶら下げた自転車を引いていたりとか、まぁ銀座という単語から連想されるようなハイソな雰囲気とは無縁の、あの街の裏の顔がかいま見えたものです。
しかし、現在のあの場所は、少なくともGoogleストリートビューで見る限り、ずいぶん様変わりしているようです。有楽町駅前第1地区第一種市街地再開発事業により駅前は整えられ、あの汚いビルの代わりに、有楽町イトシアというビルが新しく建っています。昔お世話になった立ち食いそば屋もゲーセンも、元あった場所にその影は見えない。
良くいえば銀座らしい綺麗な風景。しかし、それは尖ったところのない、よそよそしくて無個性な、そんな風景。地元の意向が優先されるべきとはいえ、怪しげな妖気が一掃されてしまった、風通しの良い場所になっているのは、やはりどこか寂しいもの。愛知に戻ってきた私が文句をいうのもおかしな話ですが、自分にとっては、15年前に見ていたあの汚い風景のほうが、より生々しい「銀座」だった気がします。
あの場所のみならず、きっと日本のいたるところで、裏路地の猥雑は消えていっているのでしょう。今風に、風通しよく、きっとバリアフリーで、清潔で、行儀よく、でもどこか無個性な、そんな街並みに変わっていく。有楽町駅近辺も、ガード下はまだあの頃の面影を色濃く残しているものの、近い将来、それらもまた、都会の光に追いやられてしまうのかもしれません。
そう思うと、今まだ残っている怪しい裏路地は、なかなかに貴重なものに思えます。
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Rock Bar Terrazzo PENTAX Q10 + 02 STANDARD ZOOM + スマートエフェクト:極彩 |
さて、写真は名古屋市の円頓寺商店街の裏路地にある、ロックバー・テラゾの入り口。この怪しげな雰囲気がたまらない。
ウブな女の子は絶対入っちゃいけなさそうな、危険な香り全開のお店。まず間違いなく一見さんは来ない。そもそもどんな客が来るのか想像もつかない。だいたい営業してるのかどうかすらわからない。営業時間はどこにも書いてないし、おまけに看板すら出ていない。廃墟と言われても納得できる。
裏路地というのはこうでなければいけないという、まさにお手本のような場所。こういうところにこそ、都会の光に追いやられた妖怪が息を潜めているような、そんな気がしてきます。
また、写っている黄色と緑のドラム缶を左に入って行くと「円頓寺銀座街」なる、とても短い(数店舗しかない)飲食店街があるのも気が利いている。
商店街に隣接した怪しい風景。銀座はやはりそうであるべきです。
ちなみに円頓寺銀座街にある「やはぎ」という割烹に入ったことがありますが、ここの料理はとても美味しい。昼は一律500円で日替わり定食のみ、夜は一律5000円でおまかせコースのみという、大変わかり易いというかシンプルすぎるシステムですが、ボリュームたっぷりの上、味は折り紙つき。しかも夜は店内のお酒飲み放題。
観光ガイドにはおそらく絶対に載っていないたぐいのお店ですが、こういう店こそ地域に愛されるお店。そんな料理屋が商店街の表ではなく裏通りにあるという事実が、名古屋がまだその魅力を失っていないということの、ひとつの証左かもしれませんね。
2014年6月1日
初めまして、カイデンと申します。
返信削除いい記事ですね!大変楽しく読ませていただきました。
猥雑な、いいかえればチープな所こそ面白いものです。
アナザーデイズのレビューも長々鋭い着眼点で、あっという間に読破してしまいました。
主観と客観のメリハリが効いてますねー。
これからもどうぞよしなに
こちらこそ初めまして。楽しく読んでいただけたようで幸いです。
削除生々しさのある場所がないと、物足りないんですよね。歪みとか、足りない部分とか、そういうところに味わいがある気がします。
AnotherDaysのレビューも読んでいただけたんですね。あれからもう6年にもなりますか……。時の流れのなんと速いことでしょうか。