復活の赤い狼煙

「今季、1回でも優勝できれば、私は満足するだろう。2回優勝できれば大満足であり、4回優勝できれば、天国にも上ったような気分になるだろうね」
(「F1速報」第1戦オーストラリアGP号より)

 スクーデリア・フェラーリ現代表マウリツィオ・アリバベーネの、開幕前のコメントです。それは彼だけでなく世界中のティフォシの想いでもあったでしょう。最強メルセデスAMGの牙城はあまりに固く、トラブルがなければ、シーズン全戦全勝の完全制覇すら成し遂げられてしまうかもしれない。
 長いF1の歴史の中で、コンストラクターズ完全制覇を成し遂げたのは、これまでわずか2チーム。それぞれ1950年のアルファロメオと、1952年のフェラーリで、どちらも60年以上前の話であり、どちらも年間のレース数が10戦に満たない頃の話。そんな記録を、20戦にもならんとする21世紀のF1で再現されるかもしれないという脅威。
 それほど昨年からのメルセデスは強く、そのうえ、フェラーリの昨シーズンの成績は思い出したくもないほど散々だった。アリバベーネの「1度でも……」とは、本心からの一言であったはずだし、多くのF1ファンの思うところでもあったはず。
 しかし、その記録はシーズン2戦目にして阻止されることになりました。63年前に完全制覇を成し遂げたスクーデリア・フェラーリ、そのイタリアの赤いマシンを駆るドイツ人ドライバー、セバスチャン・ベッテルによって。

「言葉にならない。レースの内容も良かったし、本当にチームに感謝したい。僕にとってもチームにとっても特別な日になった」
レスポンス

 レース後のインタビューでのベッテルのコメントです。そう、これは特別な勝利でした。なぜならフェラーリと同じように、彼もまた、昨シーズンは1勝もできない暗黒時代を過ごしていたのですから。



 思えばベッテルは5連覇をかけた昨シーズン、レギュレーションの大変更によりがらりと変わったマシン特性に最も苦しめられたドライバーでした。元々彼のドライビングは、フロントのグリップをブレーキングでコントロールしながら一気に旋回し、即座に加速に移るというスタイル。しかし、昨年よりブレーキ・バイ・ワイヤが採用され、ドライバーのブレーキ操作はリニアには反映されなくなってしまいます。そのうえルノーのPUによる不安定な挙動があっては、ベッテルの最大の武器は封じられたも同然。このあたりのことは、F1解説でおなじみの小倉重徳氏による「オグたん式『F1の読み方』」に詳しいのでそちらを参照ください。

 同僚のリチャルドはこの問題に早めに対処できたようで、苦労するディフェンディング・チャンピオンを後方において、昨シーズンで3勝をあげるという快挙でした。彼が対処できた理由は、小倉氏の見立てではフロント側の操作で切り抜けたとあり、また、ピーター・ウィンザー氏の見立てではパワーオン状態でのリアの制御が卓越しているから(「auto sport」2015年3月27日号参照)、とあります。どちらが本当かはなかなか判断つき兼ねますが、ベッテルよりはリチャルドの方が昨年のレッドブルマシンの特性に合っていたことは確かでしょう。
 このせいで、かねてよりの「ベッテルは強いマシンでなければ勝てない」「エイドリアン・ニューウェイのマシンのおかげだけのドライバー」という悪口が余計に囁かれる始末。

 実際には、ベッテルが初めてトップチェッカーを受けたのは2008年イタリアGPでのトロ・ロッソにおいてであり、ウェットコンディションの難しいレースであったにせよ、競争力の劣るマシンでのポール・トゥ・ウィンがキャリア初勝利でした。決してマシンだけのドライバーでないことはそれが示していたにせよ、何しろ2014年はマシンは壊れるは壊れなくても勝てないわで、なかなかポジティブなコメントもしづらく、彼にとってもファンにとっても辛いシーズンでした。

 同じくフェラーリも、2011年から続くマシン競争力のなさがここにきて最悪を極め、フェラーリ暗黒時代だった1993年以来のシーズン未勝利という不名誉な結果に終わっていました。それも、当代最強と名高いフェルナンド・アロンソと、かつてフェラーリでチャンピオンを獲得したキミ・ライコネンという、これ以上ない最高のドライバー2名を擁しながらの未勝利。地に落ちた跳ね馬の姿に「こんなフェラーリ見たくない!」と嘆いたファンは多かったと思います。

 その両者にとって、マレーシアでの勝利が特別でないはずがない。ベッテルとしては1年4ヶ月ぶり、フェラーリとしては1年10ヶ月、約2年ぶりの優勝。長きにわたる不振の末に掴んだトップチェッカーは、さぞ眩しかったことでしょう。
 しかも、予選は雨に助けられた部分もあったとはいえ、決勝においては同条件下での真っ向勝負。圧倒的な競争力を誇るメルセデスの2台を相手に、セーフティカー投入からの見事な作戦によってもぎとった勝利の手際は、観戦しているこっちが「おおっ!」と叫んでしまう鮮やかなものでした。
 フェラーリのファンにとっては「名門復活!」と叫べるでしょうし、ベッテルのファンも「競争力の劣るマシンでだって勝てるんだ!」と声を大にして主張したいことでしょう。

 同僚キミ・ライコネンも、予選で雨に見舞われたために11番手スタートの上、スタート後の波乱でリアタイヤをカットされるという不運で一時は最後尾にまで後退しますが、そこから怒涛の追い上げで4番手フィニッシュ! まさにフライング・フィンの面目躍如のレース運びで、天才ドライバーの健在を示してくれました。初戦、第2戦ともにツキがありませんでしたが、不運なんてそう長く続くものでもないでしょう。中国GPでは表彰台を狙ってほしいものです。

 それにしても、久々のベッテルの快走でした。終盤、2位に10秒の差をつけての勝利なんて、4連覇中の彼を見ているようです。ウィニングラン中のベッテルの勝利の雄叫びも、かつて勝利をほしいままにしていた彼の姿そのまま。しかもメルセデスの独壇場と思われた今シーズン、前年まで不振を極めていた真紅の跳ね馬に乗ってのことなんて、まったくF1は何が起こるかわかりません。一戦、一戦がドラマです。
 もちろん、今シーズンの本命がメルセデスである事は疑いないわけで、フェラーリがコンストラクターズを制覇できるなんて思っちゃいません。
 でも、こんなに早く1勝できたんだから、もう1回、いえ、どうせならアリバベーネが天に昇る気持ちになるくらい勝ってもおかしくないよね?と期待してしまうのは必定。開幕前に思っていたよりも、メルセデスとの距離は近いのかもしれませんね。

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