F1、おカネの話

 熱帯地方と化したかのような夏も終わり、いよいよF1日本GPが鈴鹿サーキットにおいて開催されるウィークエンドを控え、モータースポーツニュースも活気づいてくる中、ひとつの報告がF1チームから発信されました。

「ケータハム、可夢偉の日本GP参戦を発表」
http://as-web.jp/news/info.php?c_id=1&no=60269

 ほっと胸を撫で下ろすと同時に、「なぜレギュラードライバーがちゃんと参戦するというだけでニュースにならなきゃいけないんだ」と腹を立てるファンも多かったことでしょう。まして、鈴鹿サーキットにおいて過去に様々なドラマを生み出した、"世界に通用する日本人ドライバー"小林可夢偉となればなおのこと。他チームのエース格と比べても引けをとらないレースパフォーマンスは周知の通り。スポット参戦のドライバーに毎回のようにシートを譲る譲らないの、いっそ毎レース最下位を譲らない同僚マーカス・エリクソンを交代させれば良いじゃないかと、半ば八つ当たり気味にそう考えてしまっても無理ない話。
 しかし、速さには疑いのない小林可夢偉を下ろしてでも、未知数のルーキーから入るであろう「マネー」に頼らなければいけないということが、ケーターハムの、ひいてはF1が抱える闇を象徴しているといえるでしょう。

鈴鹿S字コーナーを攻めるギド・ヴァン・デル・ガルデ(2013年)
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 世界で最も参加費用の高額なスポーツ、フォーミュラ・ワン。トップチームにおいては年間数百億円を費やすと言われるイベントの、その商業面を取り仕切っているのは、"F1界のドン"バーニー・エクレストンを頂点とするFormula One Management、通称FOM。
 このFOMと、国際自動車連盟(FIA)、そして参戦する各F1チームとの間で合意される運営と商業権の契約が、かの有名な「コンコルド協定」です。複雑かつ透明性の著しく低いこの協定により、F1というイベントのベースラインが規定されていますが、締結の遅れや暴露問題への発展など、歴史的に問題の火種となることが非常に多く、また、少しずつ漏れる協定内容の不平等さなどから批判の的になることも多々あります。現在でもコンコルド協定に関連する問題は解決されているわけではなく、各チームの不満などを無理矢理飲み込んで結ばれているに過ぎません。
 そして数多ある問題の内、やはり最もチームに影響をもたらすものは、やはり収益の分配方法。要するにお金の問題です。
 自動車メーカーが潤沢な資金を注ぎ込むワークスチームはいいとしても、そういった後ろ盾のないプライベーターが抱える財政難は、それこそ数十年にわたり大きな問題として横たわっています。

トニー・フェルナンデス、ケータハムF1チーム売却で「肩の荷が下りた」
http://f1-gate.com/caterham/f1_24906.html
マルシャとザウバー、フェラーリへのエンジン代金を滞納
http://f1-gate.com/ferrari/f1_24866.html
ウィリアムズも財政的問題を抱えているとFIA会長
http://www.topnews.jp/2014/03/31/news/f1/persons/jean-todt/105497.html


 コンコルド協定により収益の分配は行われますが、基本的には上位チームにより多く分配されるようになっており、下位チームが手にするお金は、継続して参戦するにはあまりに少ないと言われています。次のリンクで紹介されているのは2013年の分配ですが、今年度もこの方式に違いはないはずです。

F1賞金の分配方法
http://blog.livedoor.jp/markzu/archives/51930618.html

 そもそもトップチームですらようやく100億円といったところで、これではとてもマシン開発費を賄うことはできません。例えば今シーズンぶっちぎりでトップを快走するメルセデスAMGは、新しいV6ターボエンジンの開発費として5億ユーロ(約705億円)もの超大金をかけたとも噂されています。

メルセデスAMG、躍進の理由は予算アップ?
http://www.topnews.jp/2014/03/16/news/f1/teams/redbull/104668.html

メルセデスAMGの非常勤会長ニキ・ラウダが、トップチームに追いつくためにチームが予算を引き上げたことを認めた。
「パワーユニット」という新時代の幕が開いた2014年シーズンの本命とも言われているメルセデスAMGだが、今シーズンから導入されたV6ターボエンジンの開発に5億ユーロ(約705億円)を費やしたとパドックでうわさされている。
ドイツの『Welt(ヴェルト)』はその数字の正確性に疑問を呈しているが、予算の引き上げが行われたのは事実のようだ。

 ただ、メルセデスや、あるいはフェラーリ、レッドブル・ルノーと言ったチームは、それだけ開発費をかけたとしても、企業イメージアップや広告収入、もしくは下位チームへのエンジン供給などで資金を回収できる見込みがあるわけで、だからこそ彼らは巨額の予算を投じてでもF1参戦を継続しているわけです。

 しかしこれが下位チームのプライベーターともなれば、様相は全く違ってきます。自動車メーカーの後ろ盾を持たない彼らはエンジン開発費をかける必要がないとはいえ、エンジンそれ自体はエンジンサプライヤーから購入しなければいけません。一説によれば年間2300万ユーロ(約32億円)を超えると言われる購入費は、プライベーターには重くのしかかる金額です。

2014年F1、ターボエンジンの価格が明らかに
http://www.topnews.jp/2013/05/20/news/f1/teams/ferrari/88620.html

 その上、シャシーについては自社開発しなければいけないという取り決めがあり(コンコルド協定による)、こちらもまた資金のないプライベーターを圧迫する要因となります。

 もちろんスタッフの人件費もかかりますし、そもそもF1に参戦するだけでも「参戦料」という名目でお金を支払わなくてはなりません。下位チームは参戦料が安いとはいえ、それでも数千万円単位のお金です。また、毎レース新しいものが用意されるタイヤについても、あれは支給されているわけではなくタイヤメーカーから購入しなければいけないものなので、当然それにもお金がかかります。ちなみに1本あたり100万円以上の金額らしく、こちらも年間で数千万円にのぼります。

 積もりに積もって一戦あたり10億円以上の資金がかかると言われるF1。小規模チームに絶えず財政難の噂がつきまとうのは、上記のように"本当に冗談抜きにお金がかかるから"です。

 しかも、それに耐えて耐えて耐えぬいてなんとかシーズンを乗り越えたとしても、下位チームに分配されるお金の額面は少なく、とてもではないけど参戦にかかる費用をペイできるものではありません。せめて上位に入ればまだしも、資金潤沢なトップチームにはどうやったって勝てるものではなく、せいぜい中堅くらいに収まれば御の字。どうにかこうにか参加してます、というのが正直なところでしょう。

 そういったつらい事情を持ったチームには、とてもドライバーにたくさんのギャラを払うことはできません。逆に、ドライバーにもお金を持ち込んでもらわなければ、チームの運営すらできない……。ペイドライバーが重宝されるのには、上記のような理由があります。

ペイドライバーとは、実力や今までの成績といった要素ではなく、チームに資金を持ち込むことでシートを獲得したドライバーのこと。もちろん中には実力も兼ね備えて活躍するドライバーもいないではない。
http://formula1-data.com/f1-database/f1-ha/paying-driver.html

 話を小林可夢偉とケーターハムに戻しますが、ケーターハムは元はライトスピードという2008年からF3に参戦していた新興のチームを母体とする純粋なプライベーターであり、航空会社エアアジアを所有する実業家トニー・フェルナンデスをオーナーとしてF1参戦を始めたコンストラクターです。フェルナンデスはモータースポーツに情熱を持っていたと言われていますが、しかし航空会社オーナーの道楽として続けるにはF1はあまりにもコストがかかりすぎるため、彼は度々F1全体のコスト削減を進言します。しかし一向にそれは受け入れられることなく、さらにチームが成績をあげる気配もなく、ついに堪忍袋の緒が切れたフェルナンデスは2014年7月に"スイスと中東の投資家コンソーシアム"にチームを売却してしまいます。

 新たなオーナーグループの元、チーム代表についたのはコリン・コレスという人物。F1では比較的よく耳にする名前ですが、それは良い評判かと問われると答えづらい、そんな人物。なんにせよ彼の指揮で再び走り始めたケーターハムですが、新体制になってからのゴタゴタは既に周知の通り。ベルギーGPでは突如として小林可夢偉の代わりにアンドレ・ロッテラーを乗せてみたり、ロベルト・メルヒという新人をやはり可夢偉の代わりに乗せようとしてみたり(スーパーライセンス発行の条件を満たさなかったため未遂)、毎戦のようにドライバーにまつわるトラブルを起こしている有様です。

 アンドレ・ロッテラーについては「ケータハムに1ユーロも持ち込んでいない」というマネージャーの証言はあるものの、コリン・コレスが何のビジネスプランもないのに若くもないドライバーを乗せるなどということは考えづらく、裏で何らかの駆け引きがあったであろうことは容易に推察できます。

GP直送:ロッテラーはペイドライバーではない!?
http://as-web.jp/news/info.php?c_id=1&no=59440

 ロベルト・メルヒについては数千万円程度の持参金があるようで、ドライバーの持参金としては少額とはいえこちらはわかりやすいペイドライバーといえるでしょうか。

 ともあれ、ビジネスに私情を挟むことのない投資家グループに買収されているケーターハムの懐事情は推して知るべしで、日本のファンには腸が煮えくり返るようなニュースを散々読まされるのも、ある意味で仕方がないことと言えるでしょう。小林可夢偉はスポンサーマネーを持ち込むことを拒否しているため、財政事情の厳しいケーターハムにとっては、あまりメリットのないドライバーだからです。鈴鹿に参戦出来たというだけでラッキーと考える方が現実的で、その次か、あるいは来年にはケーターハムから放出される可能性が高い。
 ケーターハムに「可夢偉を乗せろ!」と要求するのは簡単ですが、当のケーターハムにはおそらく資金が決定的に不足しており、そもそも参戦すら難しい状況であるはず。本人たちは来年も参戦すると言い続けていますが、撤退しても誰も驚かないであろうことは確かでしょう。

 もちろん、先に述べた通り、財政危機に陥っているのはケーターハムだけではなく、下位チームは基本的にすべて財政難です。このため数チームの撤退により、来シーズンはグリッドに20台並べることができないかもしれない、という噂まで立つ始末。……というより、F1の事実上のボスであるバーニー・エクレストン自身がそれを示唆する発言をしているのだから、もはや問題の解決に匙が投げられていることは明白。

バーニー・エクレストンが「3台エントリー」の可能性を認める
http://www.topnews.jp/2014/09/19/news/f1/112800.html

そんな中、エクレストンは、仮にいくつかのチームがF1から撤退し、グリッド上に並ぶクルマの台数が減ることになった場合には、フェラーリやメルセデスAMGといったトップチームにこれまでの2台ではなく、3台をエントリーさせる計画だと次のように語った。
「いずれにせよ、そうすべきだと思っている」
「出走を続けることに苦しみ続けるチームを見るより、私は、フェラーリやそのほかのトップチームが3台のクルマを走らせるのを見るほうがいいね」
さらに、83歳のエクレストンは、いくつかのチームが崩壊の危機に瀕(ひん)しているのは間違いないと認め、次のように続けた。
「これから2、3レース後には分かるだろう。だが、それ(3台エントリー)については検討されてきている」

 遅い下位チームを救うよりトップチームだけでF1を開催する。……この意見はバーニーだけではなく、ファンの間でもそう主張する人がいます。ケーターハムやマルシャ、あるいはザウバーといったチームはF1に参戦するにはあまりにもチーム力がなさすぎ、トップチームのスピードからすると邪魔である、と。それよりは、トップチームだけでレベルの高いレースを見たい、と。そうすれば、もっと面白いF1になるだろう、と。

 この意見に私はまるで賛同することができません。チームが減ったところで、強いチームが変わるわけではないからです。今シーズン圧倒的に勝ちすぎて「ポイント争いが退屈だ」と言われる元凶となっているのはメルセデスAMGですが、彼らが強いのはケーターハムがいるいないとはまるで関係なく、単に彼らが他よりもうまくマシンを開発したというだけの話です。仮に来年フェラーリが躍進するとしても、それはフェラーリが努力したからであって、吹けば飛ぶような下位チームがいなくなったせいではない。マルシャが撤退したからといって、フェラーリの速さには関係なく、エンジン供給先がひとつ減るだけのことです。

 ついでに参戦チームが減って1チーム3台エントリーになったら、ただでさえ悪名高いチームオーダー問題が余計にひどくなるでしょう。2人だけでも制御しきれないチームがあるというのに、ドライバーが3人になったら収集つかないこと請け合いです。

 あとおそらく今シーズンの躍進で忘れている人がいると思いますが、ウィリアムズが慢性的な財政難にさらされていたことを思い出したほうが良いです。ベネズエラの国営石油会社をスポンサーに持つパストール・マルドナードが契約期間中にロータスに移籍したせいで、違約金2500万ドルがウィリアムズに入ったとされ、ついでにメルセデスエンジンのダントツ性能にも助けられて絶好調の今シーズンですが、来年以降もそうであるという保証は全くない。名門と呼ばれるウィリアムズも、実際は単なるプライベーターに過ぎません。

 少なくとも私はウィリアムズのいないF1など考えられないし、そういったプライベーターが生き残れないF1も考えたくありません。トップをワークスチームだけで争うとしても、中盤以降の争いを様々なプライベーターで盛り上げてくれることが私の理想です。

 むしろ今ですらチーム数が少なすぎると感じています。90年代前後の20チーム参戦にしろとは言いませんが、欲を言えば15チームは欲しいところです。エンジンサプライヤーもフェラーリ、マクラーレン、ルノーしかないなんて嫌です。来年はホンダも加わりますが、BMWとかトヨタとかフォードとか、いろいろ参戦してもらったほうがきっと面白いです。コスワースでもいいですよ、遅いけど。

 もちろん、現状でそんなことは無理でしょう。先に述べたとおり、F1に参戦するにはあまりにも巨額の資金が必要だからです。だからこそ、長年に渡り何度も何度も何度も何度も何度も何度も言及されているコスト削減を、全チームの合意を元に行うべきだと思う。それに加えて、偏った収入分配の是正もするべきでしょう。要するに、門戸をもっと広く開くべきだということです。それは何も下位チームだけがメリットを享受できるという話ではなく、トップチームにだって恩恵は少なくないはずです。

ウィリアムズ 「F1は魅力的なままでなければならない」
http://f1-gate.com/williams/f1_23145.html

「ウィリアムズのような独立チームだけに重要というわけではないと思います。我々のスポーツにとっても重要なことです。我々は新しいチームにオープンでいなければなりませんが、現在のコストはまったくそれを奨励していません」
(中略)
「チームが確実に存続していけるようにしなければなりません。レース、そして必然的にファンにとって、矛盾があまり大きすぎないことを確実にしなけえばなりません。そして、我々は適切なままでいなければなりません。レースのために年間ほぼ5億という10年前にやっていたことを費やしていくのであれば、外からそれを見ている人々は『F1は一体何をしているか?』と考えるでしょう」
「パートナーもスポンサーもそれを正当化することはできません。そのような予算を上げることは現在の経済状態ではもはや可能ではありません」

トニー・フェルナンデス、ケータハムF1チーム売却で「肩の荷が下りた」
http://f1-gate.com/caterham/f1_24906.html

「どのチームも協力を口にするが、実行に移した試しがない。もう手を上げて『降参です。これ以上続けられません』と宣言するしかない。」
バーニー・エクレストンからクイーンズ・パーク・レンジャーズを買い取ったトニー・フェルナンデスは、サッカーのビジネスモデルに触れて目も覚める思いだったと述べた。
「トップだろうが最下位だろうが、どのクラブも生き残れるだけの金を得られる。それがサッカーとF1の大きな差だ」とトニー・フェルナンデスは述べた。

 F1とてプロスポーツである以上、ビジネスの論理から逃げることはできません。しかし、ビジネスの範疇でも、夢を見ることは可能なはずです。重要なのはビジネスの前に夢敗れることをあきらめるのではなく、夢を見るためにどのようなビジネスモデルを構築するか、ということのはず。
 小林可夢偉を冷遇するケーターハムにただ文句を言うだけではなく、なぜケーターハムはそうせざるをえないのかと考える。そうすれば、F1における問題点は自ずと浮かび上がってくるはず。
 枯れ果てた山に枯れ木の賑を見つけるより、いかに萌ゆる緑を広げていくか。チームが、運営が変わろうとしないなら、ファンはそれを見てうつむくのではなく、声高に「変われ」と主張するべきだと、そう思います。

 まぁ……それはそれとして、冒頭にも書いたとおり今週末は鈴鹿サーキットで日本GP。今年も現地観戦です。いろいろ思うところがあるとはいえ、この週末はめいっぱい楽しんでくるつもり。現地に行ってまで文句を言うほど野暮ではないつもりですから。

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