続・復活の赤い狼煙

 AUTO SPORTに「レースの焦点」というタイトルで連載されている今宮雅子氏のコラムですが、今回もマレーシアGPのエントリが執筆されていて、相変わらず胸が熱くなる文章を書いてらっしゃいます。旦那さんである今宮純氏の文章は怜悧で辛口ですが、雅子氏の方は情熱的な語り口。対照的なご夫婦です。観点はどちらも的確ですが、アウトプットすると全然違う。

 で、今回のエントリの中でもひときわ「そうなんだよなぁ〜」と頷いたのは以下の箇所。

主導権を握っていたベッテルの勝利は、この時点で確実になった。そのぶん彼が背負った重圧は計り知れない──物理的にはタイヤと作戦で説明されるレースでも、マレーシアGPの勝敗を大きく左右したのは、きっと、ベッテルの“勝ちたい”という強い思いだ。自身にとってもフェラーリにとっても、何があっても逃してはならないチャンスだった。
【レースの焦点】熱くなるほど、強くなる ──今宮雅子

 セバスチャン・ベッテルというドライバーは勝利に貪欲なドライバーです。時に、はたから見てあからさまなほどの軋轢を、同僚との間に生んでしまうほどに。
 でもそんな激しい気性だからこそ、この世界で4度も頂点に上り詰めることができたのだし、切れてしまいそうな勝利へのか細い糸を手繰り続けられたのだと私は思う。

 そして、執念とも言える勝ちへの渇望は、昨日今日始まったことではない。チャンピオンになるずっと前からそうだった。



 思い出すのは2010年第1戦バーレーンGP。予選でポールポジションを獲得したベッテルは、レース中盤までそのままトップを快走します。しかし、終盤に差し掛かった34周目、ベッテルが無線でパワーダウンを訴える。チームから伝えられた理由はエキゾーストの破損(その後の調査で点火プラグの問題だったことが発覚)。急激にペースを落としたベッテルは、すぐ後方にいたアロンソにパスされ、さらにマッサにも追い抜かれて、いずれはさらに後方のハミルトンにも抜かれることは確実。勝利どころか表彰台すら絶望的な状況に追い込まれます。
 そんな時、彼が放った一言。これが、私はずっと忘れられません。

 「何かできることはないの!?」

 文字にすればなんてことない一言。しかし、これが壊れたマシンを走らせているドライバーから出た言葉であれば、その意味するところはまるで違う。だってできることなんてないことは、素人にだってわかることなのですから。
 物理的に壊れたマシン、落ちていくペース、わずか2秒後方に三番手を奪おうと迫るライバル。こんな状況、乗ってる本人が一番わかっていたはず。万策尽きていることを。
 案の定チームからは「何もない」と言われてしまい、結果としてハミルトンの後ろ、4番手でフィニッシュすることがやっとのレース。メカニカルトラブルで落とした一戦、彼にとっては苦い思い出以外の何物でもない。しかしこの出来事にこそ、セバスチャン・ベッテルというドライバーの最大の武器、”勝利への不断の努力”が凝縮されていると思うのです。

 もちろん、F1サーカスの舞台というのは、それがドライバーであれメカニックであれ、たゆまぬ努力を惜しまない者の集団です。誰だって頑張っている。しかし、その中でもなお、ベッテルというドライバーはドイツ人という民族の気質なのか、細かいことでも労を惜しまない人物として賞賛されています。
 気になることがあれば持ち歩いている手帳になんでも書き留め、エンジニアとの打ち合わせは驚くほど微に入り細を穿ち、フィードバックは的確かつ論理的、自分の仕事の範囲外であってもピット作業を手伝うなど、エピソードには枚挙にいとまがない。

 全てはレースに勝つためにこそであり、飽くなき執念はチームが匙を投げた状態でも折れない。「何かできることはないのか 」。コース上においてはマシンを走らせること以外に何もできないのが当たり前のドライバーが、チームに叫んだあの一言にこそ、ベッテルというドライバーの気質が見える。
 リザルトこそ4位でしたが、あのレースでのベッテルを見て「きっと彼の時代が来るはずだ」と思ったものです。

 その予感通りに彼がワールドチャンピオンに輝いたのは、まさにその2010年シーズン。史上最年少ワールドチャンピオンの記録付き。しかも、そこから怒涛のドライバーズ&コンストラクターズ4連覇。疑いようもなく、彼の時代でした。

 2014年シーズンこそ、自身にフィットしないマシン特性に手こずって未勝利の上、同僚の後塵を拝するという屈辱を味わったものの、彼がこのまま終わるなどとは関係者もファンも思っていなかったことでしょう。
 そして心機一転、フェラーリに移籍しての初勝利は、やはり彼らしい勝利だったと私は思います。

 勝利を呼び寄せた直接の要因は、スタート間もない中でのセーフティカーでピットに入らず、ステイアウトを選択したその作戦だったことは間違いないのですが、注目したいのはむしろ予選Q2。雨雲レーダーの様子から、Q2セッション中に雨が降り出すであろうことは確実で、全車両とにかく早めにドライコンディションの中でタイムを出したい。そんな中、ピットレーンから一番に飛び出して先頭をキープしたのがベッテルでした。
 そこからの、同僚ライコネンとの明暗の分かれ方は今更言うまでもありません。
 もちろんQ2のタイムはあくまでもQ3進出へのハードルであって、最終的なグリッド順位を決めるものではない。しかし、誰もが前方をキープしたかったこの時に、取りこぼすことなくきっちり先頭を抑えてきたということは、Q3進出という直接の結果以上に大きいと思うのです。

 勝つためにできることは全てやる、自分にできることがあれば労を惜しまない。言うだけなら誰にでもできますが、実行が伴う人はわずかです。まして、その場の全員が勝ち取りたかったポジションを、この局面でもぎとってくるというのは、考える以上に難しいこと。かつて4連覇した王者の復活の気配が、あの予選Q2に示されていたように思えてなりません。

 思い返せば2014年のベッテルは、そういった執念にすら欠けていたものです。象徴的だったのはシンガポールGP。彼にとって最悪のタイミングでのセーフティカー投入で、終盤の長いスティントを垂れ続けるタイヤで走りきらなければならなかった一戦。
 直後を猛追してくるリチャルドの圧力に負けたのか「そのタイヤを最後まで持たせろ」というチームからの指示に「できるとは思えないから交換しよう」と、それまでの彼からすると信じられない弱音を吐いていました。
 いちおうそのレースは、なんとか最後まで耐え切ったベッテルが2位表彰台をキープしましたが、観ているこっちとしてはそれを祝福すると同時に、「こんな弱気なドライバーだったか?」とがっかりしたものでした。

2014年日本GPでのセバスチャン・ベッテル
彼にとって苦難の連続だった年でした
PENTAX K-5IIs + SIGMA APO 120-400mm F4.5-5.6 DG OS HSM

 昨年のそんな思い出がありましたから、今回マレーシアでの「努力を惜しまないベッテル」には、やっと本来の彼が戻ってきた!と快哉を叫びたい気分です。

 ベッテルのこの姿勢は、フェラーリにとっても必ず良い影響を与えるはず。現地実況の川井一仁氏は「2戦目にして早くもベッテルのチームになってきている」と語っており、実際その通りかどうかはともかくとして、マシンのペース向上とともに、フェラーリの雰囲気も向上していることはうかがい知れます。
 たとえば現チーム代表のマウリツィオ・アリバベーネはベッテルを指して「ミハエルを見ているようだ」と評します。さすがにリップサービスが多分に含まれているとは思いますが、それでも何パーセントかは本心でしょう。陽気なイタリアのチームには、勤勉なドイツ人ドライバーが似合うのかもしれません。

 同時にそれ以前、ベッテルが加入して力を発揮するより前から、フェラーリは着々と復活への道をたどっていたことは間違いない。それは新しくなったチーム代表の手腕もあるだろうし、2013年後半から加入したジェームス・アリソンの真価が発揮され出したであろうことも大きいでしょう。稀代のドライバー、フェルナンド・アロンソこそマクラーレン・ホンダに移籍してしまったにせよ、真紅の跳ね馬は暗黒の2014年を越えて、ついに長い雌伏から脱しつつあります。
 勝利に飢えた王者セバスチャン・ベッテル、アイスマンと呼ばれる天才キミ・ライコネンの二人を筆頭に、シーズンの台風の目となること間違いなし。

 そんなチームの良い雰囲気を示すアリバベーネのコメントがまた気が利いている。熱心なティフォシにとって、2015年はどうやらとても熱い季節になりそうです。

「キミ(・ライコネン)がニコニコ笑っているのを目にして、私は急いで彼に駆け寄り、『どうしたんだ、大丈夫か?』とたずねたんだ。彼の答えは『ああ、なんで?』だった。これまで私は、あんなに楽しそうなキミを見たことがなかったんだよ」
( 「F1速報」第1戦オーストラリアGP号より)

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